思い出

かなり雑な文だけれど一応記録。

他人が自分のかつて住んでいた家に住んでいるの、実際に見てみると想像以上に動揺する。家具で無理やり仕切って2人で使っていたかつての自分の部屋が、すっかり物もなくなって広々としていた。祖父が病気になる前に買ってもらった学習机も部屋にあった大きな本棚も何もかも。

ただ所有して手を入れ続けるより他の人に使ってもらえる方がいいと思ったから自分もそう意見を出したけれど、他人の生活が始まった時点でそこはもうただ単に造りを知っているだけの他人の家なんだなって。

こうやってきっかけがなくなって徐々に思い出せなくなるんだろうな。人よりもわからないことが多いのに、忘れてしまったら後々振り返る機会も得られない。でも、当の本人がいなくなった後に与えてもらったものに気が付いても手遅れなわけで。

相手が自分が近くに置いてしまっている大切な人であればあるほど、その先そんな感覚を抱えて生きていけない気がする。とはいえど一度にたくさんのものに意識を回せないから、おそらくいつかは忘れてしまうのだろうし。

祖父母の様子を見て、なんとなくあと数年のうちに誰か死んでもおかしくないなと直感的に思った。でも、祖父母や両親は歳も離れているし、先に死ぬことにも関係性にも自分が理解できるくらいの明確な原因が存在して。一方で友人はそうではないから、死にたいわけではないけれど、誰よりも早く死にたい。

元旦に人と会ってこんなこと考えているの普通に最悪だから、親戚にご挨拶したら消すか。ちゃんとしようと思うと本当に不安なことしかない。昔からずっと自分以外のすべてが共通のプロトコルのもと動いている感覚がする。頭ではそんなことないとわかっているし、たぶん気のせいなんだろうけれど。